研究内容

ホーム > 研究内容

本領域の目指すもの

神戸大学 大学院理学研究科 教授 播磨 尚朝電気伝導などの物質の伝導現象は主に電子が担っています。孤立した電子は電荷とスピンという性質を持っていて、これらの性質を運ぶことができます。しかしながら、電荷とスピンを持った電子が物質の伝導現象を担うと考えただけでは解らない多彩な伝導現象がたくさん知られるようになってきました。

原子に束縛された電子が持つ軌道角運動量はスピンと結合して全角運動量Jという自由度になります。これは、アインシュタインが提唱した相対性理論の効果によるスピン軌道相互作用によるものです。このJは固体の中では周囲からの影響を受けて、多極子と呼ばれるものに変わります。多極子は固体内での電子のミクロな自由度であり、スピン軌道相互作用の強さや固体内の環境によって様々な性質を示します。この多極子に注目して、多彩な伝導現象を理解しようというのが、本領域の目的です。

多極子が関わる伝導現象は、局在性の強い多極子が秩序化する系から、電子が比較的自由に振る舞う系まで様々です。それぞれの分野を専門としてきた研究者が協力して多極子に注目した研究を行うことで、多極子伝導系の学理を創出します。さらに、新しい応用へとつながる物質機能を開拓していくことが可能になります。本領域では、4つの研究項目を設け、それぞれについて計画研究と公募研究で研究を推進します。それと並行して、物質科学の中核を担う人財強化と若手育成を行います。

本領域では特に、空間反転対称性のない場合にのみ現われる奇パリティ多極子に注目しています。そこでは、Jで特徴づけられるスピン軌道相互作用の大きさが重要な役割を演じます。原子位置に反転中心の無いジグザグ構造やカイラル構造の物質開発を精力的に進め、伝導現象における奇パリティ多極子の役割と新物性の関係を明らかにすることで、最先端の伝導現象の理解が格段に進むと思われます。

本領域の研究活動を通じて、強磁性超伝導体などの非従来型伝導現象が多極子の概念を基に解明され、多極子に基づいた物質開発が可能になるでしょう。それらの新物質は、他分野で巨大応答物質として利用されるでしょうし、一般化された拡張多極子の概念は機能性分子や生体高分子の分野での理解にも資すると思います。多極子に着目し、若手研究者と共に固体物理学にパラダイムシフトを起こすことは、将来の科学技術イノベーションにつながっていくと信じています。

領域代表 神戸大学 大学院理学研究科 
教授 播磨 尚朝

計画研究

A01: 局在多極子と伝導電子の相関効果

近年のd及びf電子系の研究から、固体中の電子が持つ多極子自由度の重要性が強く認識されてきている。f電子系では、原子に局在した多極子が伝導電子と混成することにより、多極子近藤効果等の新たな多体相関が現れ、多極子揺らぎによる量子臨界性や非従来型超伝導などの量子現象が誘起され、大きな注目を集めている。一方、スピン軌道相互作用が本質的に重要なモット絶縁体の存在が近年4d、5d電子系において発見され、多彩な多極子自由度による新しい量子磁性が活発に研究されている。本研究の目的は、こうした局在した多極子が、伝導電子と相関することにより誘起する新しい量子現象に関する学理を構築することにある。以下に具体的な研究項目を示す。

  1. 局在した多極子の遍歴化プロセスと、それによる異常金属や新奇超伝導発現の機構解明。
  2. 価数の量子臨界揺らぎが創出する新しい金属状態及び超伝導状態の究明。
  3. 多極子モット絶縁体の局在・遍歴相転移の機構と、その近傍の新奇量子状態の解明。
  4. 多極子の伝導電子との相関による遍歴・局在状態について、第一原理計算による微視的理解の形成と新物質創成への指針の構築。

B01: 遍歴多極子による新奇量子伝導相

近年多極子が遍歴性を獲得して引き起こす多彩な伝導現象や量子相の解明を行う。具体的な物質群として、局在と遍歴の中間的な性質を示す5f電子系化合物(アクチノイド化合物)を中心に研究を行う。5f電子は強いスピン軌道相互作用により6d電子とパリティ混成することにより、多様な多極子自由度を持っている。このため5f電子系は、非従来型超伝導を含む多彩な物性物理の宝庫である。これを本学術領域の基本コンセプトである遍歴多極子という統一的な概念で理解し、研究を進めようという野心的な試みである。より具体的には以下の研究を行う。

  1. ウラン化合物の新奇超伝導体の探索とd,p電子が協奏・競合した新物質探索
  2. ウラン化合物超伝導体の多自由度超伝導波動関数の同定と新奇超伝導特有の新現象
  3. 多極子秩序と共存する超伝導状態、多極子・軌道ゆらぎによる超伝導発現機構
  4. 人工超格子や薄膜などで実現する局所的な反転対称性が破れた超伝導と遍歴多極子による新奇量子伝導

C01: 拡張多極子による動的応答

本研究では、複数原子サイトにまたがる拡張多極子の秩序状態について、多極子の外場応答や多極子に関連する低エネルギー励起を解明し、これらを利用した種々の非対角応答を開拓する。電荷とスピンの分布を考える空間サイズを、1つの原子サイトから複数の原子を含むクラスターに拡げることで、多極子自由度は多彩なものとなる。本研究では、この多彩な多極子の秩序状態や対称性の低い構造に由来する拡張多極子の概念を理論予想と実験の検証により確立する。さらに、拡張多極子秩序状態で期待される電気磁気交差相関やダイナミクスおよび異常量子伝導といった新奇物質機能を実験的に観測し、理論と協働して拡張多極子の基礎学理を創出する。

本研究の成果はA01班やB01班で得られる局在多極子と伝導電子の相関効果や多極子由来の超伝導の新たな知見を拡張し、D01班とは物質開発で相補的に協力することによって、さらなる新奇物質機能の発見につなげる。

D01: 強相関多極子物質の開発

本研究では、「パリティ混成」と「ジグザグ構造」をキーワードとして、強相関多極子伝導系の物理を研究するために必要とされる物質開発を行うとともに、パリティ混成効果がもたらす未知の現象を探索する。有機分子において重要なsp混成電子は、固体においても様々な現象を引き起こす。例えばMgB2では、ハニカム構造を形成するsp2s軌道がパリティ混成効果によって強い電子格子相互作用を産み出し、39Kもの高い超伝導転移温度の起源となっている。同様のパリティ混成効果がd・f電子を有する強相関電子系においても期待される。

本研究ではd・f電子系においても強いパリティ混成効果を引き起こす舞台として「ジグザグ構造」に着目する。ジグザグ構造とは原子位置に空間反転対称性をもたず、ボンドの中心にこれをもつ構造である。例えば、1次元のジグザグ構造や2次元のハニカム構造、3次元のダイヤモンド構造である。これらの構造に重原子を配置したとき、強いパリティ混成複合自由度(強相関多極子)が産まれると考えられる。そこでは特異な奇パリティ多極子形成やエキゾチックな超伝導を含む量子伝導、多極子秩序が示す新しい非対角応答が期待される。

先頭へ